人間の根源的な欲求

人間の根源的な欲求

 

今日は、月一で税理士さんとお会いする日だったんですけど

 

以前も書いた通り、スパークの税理さんは「人生をエンジョイする達人」で、今こんなことを学んでいます。

スパークの税理士さんはね・・・

 

 

 

今日もいろいろお話ししたんですけど、毎日楽しそう(笑)。

 

で、改めて考えたのが、「学ぶ」ってことの意味。

 

一見すると「そんなことを学んで何になるの?」っていうようなことをやっている人の方が、豊かで楽しそうな人生を送っている気がします。

 

たまに「70歳になって高校や大学に入学した」なんて人がニュースになったりしますよね。それも同じで、損得勘定だけで考えてたら「そんな歳になって、今さら学校に通ってどうなるの?」となるんでしょうけど

 

私は、こういうの凄くいいな、と思うんです。だって、どう見ても楽しそうな人生でしょ? 嫌々通ってるはずがないんだから。

 

 

 

で、その対極にあるのが、受験勉強とか資格を取るための勉強です。「合格」という報酬というか、「得する自分」を手に入れるための勉強です。それが良いとか悪いとかではなく、そうした損得勘定による勉強というのも、資本主義社会に生きている以上は避けられません。実際、スパーク個別指導学院も入試のための勉強の場を提供しているわけで。

 

ただ、こうした損得勘定が絡む短期的な勉強というのは、あまり楽しい勉強とは言えませんよね。確かに、ある一定の時期には必要な勉強なんです。ただ、そういう短期的な勉強だけで終わってしまってはもったいないな、と思うんです。

 

本当に楽しい勉強っていうのは、「これをやれば志望校に受かる」とか「この資格を取れば収入が上がる」とかの「得しそうな気がする短期的な勉強」じゃなくて、その真逆にあるんだなって、最近つくづく感じるのです。

 

つまり、損得勘定を度外視した、長期的な学びです。

 

例えば「本を読む」っていうのもこれで、私は四六時中、読んでますけど、本なんか読んだって、何の役にも立ちそうもないじゃないですか? 少なくとも短期的に人生が変わるわけじゃない。

 

あるいは、前述の腹話術みたいに、仕事や収入増と何の関係もなさそうな習い事やコミュニティに入るっていうのもそう。損得勘定でやってないから楽しいわけです。

 

 

人間である以上、「常に何かを学んでいたい」というDNAが誰にも組み込まれているんじゃないか、と私は思ってます。学ぶっていうのは、人間の根源的な欲求なんじゃないかと。

 

 

 

 

スパークの子どもたちも、今は目先の入試や定期テストのための勉強になってますけど、「勉強ってこんなものか・・・」なんて思ってほしくない。

 

何かの目標を達成するための勉強じゃなくて、「何の役に立つのかわからないけど、何だか面白そうだからやってみる」っていう勉強こそが、人生を豊かにしてくれるんじゃないかなって、腹話術の話を楽しそうにする税理士さんを見て感じるのでした。

 

 

中身は何でもいい、とにかく「学び続ける人生」 これ以上幸せなことはないと思います