善人

2019年04月19日 教育 書評
善人

 

前回に引き続き

「私が一番受けたいココロの授業 子育て編」から。

これ、すごく面白いです! おススメですよ。

 

 

 

「善人」という話が出てきます。私自身の体験も踏まえて書いてみますね。まずは本文から。

 

 

Aさんの家は毎日ケンカばかり。Bさんの家は平和で仲良し。Aさんは不思議に思って、Bさんに聞きました。

 

「どうしてあなたの家は、そんなに平和なんですか? ウチは毎日ケンカばかりですよ」

 

するとBさんは答えました。

 

「Aさんの家は、善人が多いんですね」

 

・・・Aさんは、わけがわかりません。そんな時に、Bさんの家の中で何かが割れる音がしました。「パリーン!」

 

すると、Bさんの奥さんが言いました。

「私が、置いてあった茶碗を蹴ってしまいました。ごめんなさい!」

 

さらに、Bさんのお姑さんが言いました。

「片づけなかった私が悪いのよ。すまなかったねぇ」

 

Aさんは、そこで初めて「あなたの家は善人が多い」の意味がわかりました。

 

(比田井 和孝・比田井 美恵 共著 「私が一番受けたいココロの授業 子育て編」より抜粋)

 

 

 

 

皆さん、意味わかりました? 私は最初なんのことかわからなかったんですけど、続きを読んで納得しました。

 

Aさんの家は、みんなそれぞれが

「自分が正しい」=「私は善人」

と思っているんですね。

 

「誰がこんなところに茶碗を置いたの!? 私は悪くないのに!」と思っているということです。

 

逆にBさんの家では、みんなが

「自分が悪い」

と思っているので、何か問題が起きても、誰かを責めることはない。悪いのは自分ですから。

 

 

 

 

これを読んで、自分のある言動が蘇ってきました・・・。

 

 

ある生徒の期末テスト結果を見て、愕然としてしまった時があったんです。

その生徒には、それまでなかなか思うような成果を出してあげられていなくて、本人はもちろん、お母様にも申し訳ない 「今回こそ何としてでも良い結果を出してあげたい!」という思いで指導してきました。

 

しかし、本人から結果を報告してもらった時に思わず口を突いた言葉が

 

「なんでこうなっちゃうわけ!?」

 

期待していただけに私も落胆の気持ちが大きくて、つい感情が出てしまったのです。今から思えば最悪な対応でした。帰宅後、妻に話すと「プロ失格! 一番つらいのは本人でしょ!」とダメ押しされたのでした(泣)。

 

 

今から思えば、まさに私は「善人=私は悪くない」だったなあ・・・と思います。

「こんなにやってあげたのに(=自分は悪くない)」つまり、悪いのは結果を出せない生徒の方だ、という意識が、自分でも気付かないうちにあったんですね。

 

その生徒が悪いはずがありません。悪いのは、良い結果へ導くような指導が出来ていなかった私の方でした。その子には、後日「悪いのは先生の方だったね」と伝えました。

 

 

今回の「善人」の話を読んで、すんなりと納得できる自分がいます。子どもたちの指導に関わる立場の人間、人の上に立つ人間は、「常に自分が悪い」であるべきなんです。

 

子どもが何かやらかすのも、部下が成長しないのも「すべて私が悪い」と考えることで、お互いに成長できて、心も通じ合い、いろんなことがスムーズに前進していくのだと思います。

 

 

 

 

北海道日本ハムファイターズの栗山監督の口癖が好きです。

 

あの方、試合に敗れた後に記者団に囲まれて敗因を尋ねられた時、選手個人に苦言を呈すのではなく、必ず「オレが悪い」って言うんですね。「使ったオレが悪い」「オレの采配が悪い」「オレの責任」って感じで。

 

清宮選手が骨折して離脱した時でさえ、「オレが悪い」って言ってました(笑)。あまりに毎回こうなので、ネット上では「出た! 得意の『オレが悪い』(笑)」みたいな感じで半分ネタにされてしまっているようですが・・・

 

実は、物凄く深い言葉なんだなって、今の私には思えるのです。