年末から読んでいた本
読み終わりました。
芸人・キングコングの西野さんの3年前のベストセラーですが、いや、さすが! 視点が鋭いな!という印象。
これは確かに従来の芸人の型に収まらないはずだ・・・と感じます。
特に刺さったところをピックアップしてみようと思います。
スパーク文庫などを通して、私はよく子どもたちにおススメの本を紹介することがあるんです。もしくは、教室内にも展示してあります。
学校で推薦図書になりそうな、いかにも「子ども向け」って感じの本もあります。その一方で、学校では決して教わることのないであろう生き方や考え方を伝えてくれるような、ともすれば「ちょっと小・中学生にはまだ早いのでは?」と思われてしまいそうな本も、あえてたくさん紹介するようにしています。
学校の図書室にあるような本とは、ちょっと違う、けれども、これからの時代を生きていく子どもたちに間違いなく必要なことを教えてくれる本。そういうものを選ぶようにしています。
同じようなことを、私とは別の視点から、西野さんが書いていました。抜粋してみますね。
↓
個展会場などで絵本を販売していると、「この本は子供向けですか?」と訊いてくる親御さんが少なくない。
あれは、何をもってして「子供向け」としているのだろう?
(中略)
たしかに言葉は知らないし、身体も小さかったけれど、考えていることは今とさして変わらない。これは僕だけじゃなくて、皆さんもそうだと思う。
子供の頃、両親が喧嘩をしていたら、アホな子供のフリをして間に入った人もいるハズだ。「〇〇でちゅよ~」と話しかけてくる大人を気持ち悪いと思ったハズだ。
ところが親になった途端に、そんな記憶はスッポリ忘れて、「これは子供向けですか?」と言っちゃう人がいる。
実は僕の親も、そして幼稚園の先生もそうで、手渡してくれる絵本は、いつもフワフワのクマさんがいて、いつも優しい色の色鉛筆で描かれた ”お山さん” があった。
もちろん、それが好きな子供もいるだろう。ただそれは好みの問題であって、年齢で分け隔てるものではない。
事実、幼稚園時代の僕は、親や先生が読み聞かせてくれる絵本の絵が退屈で、結局、プラモデル屋さんに走って、リアルに描かれた戦艦や戦闘機のパッケージイラストに胸を躍らせていた。
聞けば、タモリさんもそうだったらしい。だから、タモリさんと二人でスタートさせた絵本は、あんな感じになっちゃったわけだ。
「アイツらは子供のことをナメてんだよ」とタモリさん。
それには僕も同感で、「これは子供向けですか?」という言葉に対して、「なんで、子供よりも大人である自分のほうが理解力が上であるということを前提に話を進めてんの?」と思い、辟易する。
親や先生が考えている「子供向け」というのは、「子供なら、こういうものを好きであってほしい」というエゴでしかない。
親の段階で振るいにかけて、子供には選択肢なんてありゃしない。親は、クマさんや、お馬さんで、ニコニコ笑っている我が子を見たいわけだ。
それにより、「理解できるものしか与えないことで、理解できないものを理解する」という可能性を奪っている。
生きる上で何よりも尊い「成長」という行為をそぎ落としちゃっているわけだ。
親の頭では理解できないものを理解してしまう(しようとする)子供もいる。
「子供とは、かくあるべし」で未来の可能性を摘んじゃダメだよね。
(西野 亮廣著 「魔法のコンパス」より抜粋)
私も心から賛同しますね。
簡単に読める本、簡単に解ける問題、そうしたものばかり与えていても、子どもたちは成長しません。
よく子どもたちには伝えているんですけど
「今の自分のレベルだとちょっときついかな・・・ぐらいの問題を解く。そして、あーでもない、こーでもないと頭をフル回転させる。その苦労している時間で能力が上がるんだよ」
ってこと。
本を選ぶのも同じことだと思います。