映画「ボヘミアン・ラプソディ」を観る

2018年11月30日 余談 映画 音楽
映画「ボヘミアン・ラプソディ」を観る

 

OFFです。

 

余談です。

 

 

 

映画「ボヘミアン・ラプソディ」を観てきました。

あまりの素晴らしさに、観終わってすぐに席を立つことが出来ませんでした。

 

 

 

洋楽をずっと聴いてきたにも関わらず

正直、クイーンだけは避けてきました。

食わず嫌いなのはわかっているのですが。

アルバムも一枚も持ってません。

 

もちろん、偉大なバンドであるのは百も承知だし、それなりに曲も知ってますし、フレディ・マーキュリーの凄さもわかってはいるのですが

 

何というか「大袈裟な音楽」の一言で片づけている自分がいたんですよね。ちゃんと聴きもしないで。

 

だって

We Will Rock You  ですよ?

We Are The Champion ですよ?

 

偏見、勝手な思い込み(笑)。

 

あとは、フレディ・マーキュリーがあまりにも歌唱力があり過ぎて、逆にロックを聴いている感じがしない、というのもありました、完全に個人的な好みの問題ですが(笑)。

 

 

 

そうした先入観がすべて吹っ飛ばされました。

 

映画は、45歳で亡くなった、フレディ・マーキュリーという不世出の天才ヴォーカリストが抱えていた、孤独や悲しみ、そしてそれを超えて人生を生き切る姿をリアルに描いたもの。

 

映画のタイトルが、すべてを象徴しているな、と思いました。

 

「ボヘミアン・ラプソディ」というのは、言わずと知れたクイーンの代表曲のタイトルなのですが、いろんな意味でフレディという人が「ボヘミアン」、つまり「社会の規範に囚われずに、ジプシーのように放浪する人」だということを表しているのでしょう。

同時にそれは、彼の行き場のない孤独感や苦悩を表すものでもあり、それらが観ている私たちに誇張なく、自然と伝わってくる作品になっていました。

なので、この作品のタイトルとしては「クイーン」でもなく「フレディ・マーキュリー」でもなく、「ボヘミアン・ラプソディ」こそが、正にふさわしいのだと思います。

 

 

 

 

フレディは、自分の出自やルックスにコンプレックスを持っていました。

また、恋人である女性がいる一方で、同性愛者である自分をも自覚し、その葛藤でも苦しむことになります。

 

そして、バンドとも仲違いし、エイズに感染し、人生の残り時間が僅かであるという現実に直面します。

 

それでも、この映画を観終わって私が感じたのは

生きることの素晴らしさであり、前進するエネルギーそのものなのでした。

 

 

 

 

 

これから観る方もいらっしゃると思うので、あまり詳しくは書けませんが

とにかく、クイーンを演じる4人が本物そっくり! まるで本人たちが憑依したかのように!

 

外見だけではなく、演奏シーンやステージでの動きや細かな仕草など、徹底的に本物のクイーンを研究したそうです。まるで本人たちが出演しているかのように錯覚してしまうほど!

偽物臭さが全くない完成度の高さに圧倒されました。

 

 

 

 

映画のラストシーン。

満たされないソロ活動を通じて、クイーンというバンドの大切さを痛感したフレディは、メンバー3人にもう一度いっしょにやりたいと申し入れ、自分がエイズに感染していることも告白し、崩壊状態だったバンドは再び結束します。

そして、1985年の世界的チャリティイベント「ライヴエイド」に出演。この時のクイーンのパフォーマンスは、今でも伝説として語り継がれている名演なのですが、これを劇中で見事に再現しているのです。

 

世間から「とっくに終わったバンド」と思われていたクイーンが、他の全出演者を圧倒する最高の歌と演奏を披露し、7万人を越える大観衆を熱狂させるシーンは鳥肌もの。

ラストの We Are The Champion  の熱唱・・・感動で胸がいっぱいになりました。

 

 

 

今日のブログは、フレディ・マーキュリーという人の生き様について、いろいろ感じたことを書こうかな・・・なんて思っていたのですが、そんなことはどうでもよくなりました(笑)。

 

素晴らしい映画なので観て下さい!

私が言いたいのは、それだけなのでした。

 

 

 

 

こちらが、そのライヴエイドの実際の映像。

映画ではなく、本物の方です(笑)。

でも、このシーンが、あり得ないぐらいリアルに劇中で再現されるのです。

ホント、奇跡のようでした・・・