葉っぱは見えるが根っこは見えない

葉っぱは見えるが根っこは見えない

 

昨日に続いて

「葉っぱは見えるが根っこは見えない」から。

 

正解のない問題

 

 

力のある本を読むと、こちらも力をもらえるというか、元々自分の中にある力が引き出される感じがあります。今回の一冊は、まさにそんな感じでした。

 

 

 

これ、おもしろい!と感じた文を御紹介。

 

ある日の読売新聞の投書欄に次のような文が掲載されていた。

投書の主は六十歳の女性。孫が家に遊びに来て、パソコンでお医者さんごっこを始めた(さすがは現代っ子)。医者になり切った孫はパソコンの画面を見てキーを叩き、画面から目を離さず、「お薬、出しますね。お大事に」と言い、祖母の方は一度も見なかったという。

その子が病気の時に経験した様子なのだろう。お医者さんごっこと言えば、胸に聴診器を当てるなど、ちょっとエロティックな要素を含んでいたものだが、今はじつに味気ない。

 

(高久 多美男著 「葉っぱは見えるが根っこは見えない」より抜粋)

 

 

 

 

 

おもしろい話なんですけど、笑えませんね。私も、直接的に生身の人間と接する仕事を日々しているわけで、気をつけないといけないな、と。

 

子どもたちの表面に表れてくる成績とか、出来た・出来ないとか、そんなとこばかりに意識がいってしまい、肝心の「その子そのもの」を見ていない・・・なんてことにならないようにしないと。

 

大事なのは、いつも「根っこ」を見ようとすること。

 

表面に表れている現象(成績が上がらない、体の具合が悪い、落ち着きがない、等々)には、必ずそれを引き起こしている原因がある。それを掘り当てることが出来るかどうか。

 

先の医師のように、表面の現象だけ見て対処しても、それは一時的に解決するだけなのだと思います。根っこを探り当て、根っこから改善していかないと、結局は同じことを繰り返すことになる。そう思います。

 

 

もう一つ、同じことを言ってくれている部分を紹介しておきます。

著者の高久さんが、花粉症になった時の話です。

 

人間の体を考えるうえで、ひとつ参考になることがある。恥ずかしながら、私は四十代のはじめ頃、花粉症になってしまった。当時は、その季節だけ海外で過ごしたいと思っていたほどひどかった。実現できるほど暇ではなかったのでそうしなかったが、春になると現実逃避を企んでいた。

 

そんなわけで、病院でもらった薬を服用していた。あげく、医師のアドバイスを信じて注射まで打ってもらった。おそらくステロイドが入っていただろう。たしかに薬を飲むと症状は和らいだが、だるくなったり眠くなったりと副作用もあった。

 

八年ほど前、ふと気づいた。そもそも考え方がまちがっているのではないか。薬は根本的に治してくれるわけではないし、むしろ、飲むほどに体を蝕んでしまう。薬を飲むのをやめよう、そう考えた。

 

三月になり、いつものように花粉症の症状がひどくなった。目の玉を取り出してタワシでゴシゴシ洗いたくなるほど痒くなり、洟水は止まらず、くしゃみを連発した。それでも薬を飲まず、我慢した。二週間くらいつらかった。しかし、それを過ぎると、症状がスーッと和らいできた。

 

「やっぱりそうだったのか」と得心した。自分の体が、自分の力で花粉症に対応し始めたのだ。

 

それでも、まだ愚か者にはちがいなかった。なぜなら、ランニングの回数を減らしたり、外出の際はマスクをするなど、花粉を吸いこまないようにしていたからだ。つまり、常識に従った「バカ者」であったわけだ。

 

そこで対処法を変えた。薬を飲まないのはもちろんのこと、いつもどおりの生活をすることにした。いつものようなペースで走り、マスクをはずした。

 

すると、どうだろう。走った日の方が花粉症の症状が和らぐことに気づいたのだ。吸い込んだ花粉の量は、走らない日と比べものにならない。なのに、症状が出ない。なぜ?

 

そこで推論。体を信じ、甘やかすことをしなければ、体はきちんと能力を発揮する。そうにちがいない。体はつねに正常な状態に戻そうとしている。それを薬などで抑えたら、その機能が失われていく。

 

春、日本列島に舞う花粉の量は自然の状態に反しているともいえる。だが、外敵とみなして薬や注射で防ごうとするのか、あるいは自分の体を信用し、その力を高めることで花粉と折り合いをつけていくのか。

 

「現象(視力が悪くなったなど)を見ず、根っこ(原因)を見よ」

 

いつも言っていることだが、あらゆることに通用する普遍的な解決策かもしれない。常識に従っていれば、今頃、私は老眼鏡をかけ、春になれば花粉症の薬を飲んでマスクをしていたことだろう。人間ドックに行ってなにかに怯えているかもしれない。歳をとれば記憶力は減退するのだから、ものを覚えるのはやめようと思ったかもしれない。そうやって、楽しみの選択肢を自ら狭めていくのはあまり賢明なことではない。

 

(高久 多美男著 「葉っぱは見えるが根っこは見えない」より抜粋)

 

 

 

 

スパーク文庫に入れておきます。自分の根っこを太く強くしてくれる素晴らしい一冊なので、興味のある方はぜひ。

 

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