赤の他人だからこそ

赤の他人だからこそ

 

学校が再開して3日経ちました。

 

まだまだ本格的な始動ではないので、小・中学生共に早く帰宅します。スパークの授業に来る子たちも、今週は一番早い 15時30分からに振り替える子が多いです。加えて、オンライン継続の子たちもいるので、夜の教室はガラガラです。

 

そんな夜、中1女子がやってきました。他の子たちはとっくに授業を終えた後なので、期せずしてマンツーマンの形になりました。ここまでとっても進みが順調で、すごい勢いでテキストを進めてきた子です。

 

一番好きだという数学はともかく、英語はまだまだ穴だらけだろうな・・・と私は感じていました。確かにテキストはすいすい解ける。ただ、それはいくらでもヒントとなるものがテキストのあちこちに散りばめられているからです。

 

よく勘違いする子がいるのですが、テキストや学校のワークが解けるのと、テストが解けるのとは全くの別物です。テキストやワークというのは、初めからある程度は解けるように構成されているのです。そこに乗っかって解いてるだけ。

 

片や、本番のテストというのは「これぐらいの平均点になるように」と意図的にコントロールされているものであり、そう簡単には高得点を取らせないように構成されているのです。

 

ちょっと話が逸れてしまいましたが、つまり、普段の授業でスラスラとテキストを解いている子で、私が何をきいても「大丈夫」と答える子であっても、いざテストとなると、ちっとも大丈夫じゃないというケースがあるということです。

 

 

 

さて、せっかくのマンツーマンというシチュエーションです。「今日は簡単な英語のテストをしてみようか」ということに。

 

10問、私が言う日本文を英文に直すだけです。それも基礎的なものばかり。「私は〇〇(この子の名前)です」とか「これは私の犬です」とか、簡単に書けそうな文ばかりにしてあげました。

 

しかし! 私の予想的中、彼女が10問中まともに書けたのは1問だけ。あとは全部ダメ! まず、ピリオドを付け忘れるクセがついていること、dog が bog になっていること、自分の名前も小文字で始めていたり。

 

その他、簡単な単語のスペルも忘れているし、This is egg. とやって平気でいます。

 

そう、予想通り、ボロボロだったのでした。本人も「ヤバい・・・」という表情。

 

 

 

 

私は、塾の先生の役割というのは勉強を教えることだけではなく、こうして「気付かせること」も大切な仕事だと思っています。例えば、テキストを解けるからといって、テストでは通用しないんだよ、とか。

 

つまり「勘違いするなよ、まだまだ甘いんだよ」と暗に伝えてあげるのも、塾の先生の重要な役割だということ。

 

世の中は「褒めて伸ばすのがいい」という風潮が強いですね。私も褒めることの必要性は認めているのですが、なんでもかんでも褒めときゃいいってものではありません。「自分はまだまだなんだな」と感じさせてあげることも学習指導には不可欠なのです。

 

休校期間中に、自分でどんどん勉強を進めた子たちも多いことと思います。基本、勉強って独りでやるものだし、最終的には孤独に自分自身と向き合える子の方が受験に強いです。

 

ただ、自分一人だとなかなか気付けないことがあるのも事実。その最たるものが「私、けっこういい感じなんじゃない?」という大いなる勘違いなのだと思います。身内ではなく、塾の先生のような赤の他人が介在する価値がそこにあるのです。

 

 

 

 

「一人では気付けない」と言えば、こんなこともありました。Twitterにも書いたのですが、北辰テストの数学の過去問をやった中3生の話。

 

「どうしてもわからない、解説を読んでもわからないので教えて」とその子が持ってきた問題は、全県正答率 0.6% の問題でした。

 

埼玉県全体で 0.6% ですよ? 解けなくて当たり前の問題です。「やらないでいい、忘れろ」と伝えました。

 

 

 

慣れてくると「これは捨ててもいい問題だな」と気付けるようになるのですが、この時期の中3生には、まだそうした眼力は備わっていません。真面目な子ほど「こういうのが入試問題なんだ。解けないとまずい!」なんて考えてしまうのだと思います。そして、延々時間とエネルギーのムダ使いをして疲れ切ってしまう・・・。

 

 

 

労力をどこに注ぐのか、これは受験勉強の重要なテーマです。小学生の頃からカラーのテストで当たり前のように100点を取ってきた子たちにとっては、「捨てる」という行為は「逃げ、弱虫、卑怯な行為」という感覚がどこかにあるのではないでしょうか?

 

「全然そんなことない、そんな問題は捨てなさい」と伝えてあげる赤の他人の存在が、やはりここでも必要なのです。

 

 

Twitter 木村弘一@スパーク

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今日の一曲。

 

今、全米を巻き込んだ騒動になっている、ミネソタ州で白人警官が黒人男性の首をひざで圧迫して死亡させた事件。

 

Black Lives Matter 運動が拡がっていますね。つまり「黒人の命は大切だ」というメッセージなのですが、黒人だろうが誰であろうが、命は大切です。

 

「生まれつきの人種差別主義者なんていないはず」というメッセージがSNS上でもありました。私も本当にそう思います。

 

 

 

そして、ああいう事件が起きるたびに、ダニー・ハザウェイのこの一曲をなぜか聴きたくなります。

 

私が無人島に持っていく超名盤「Live」より。