辻本塾長とのランチから

辻本塾長とのランチから

 

昨日の日曜日は、辻本塾(志木市)の辻本塾長と東松山でランチでした。

 

 

辻本先生も今年独立を果たし、おそらく今、毎日が期待と不安が交差するスリリングな日々を過ごしていることでしょう。私もそうだったのでわかります。

 

 

で、お互い組織を飛び出して独立した者同士ということで、自然とそういう話になるわけですが・・・

 

 

あらためて私が話したのが、そもそもなんで独立なんてしたのか? って話。

 

 

 

独立だの起業だのと言えばカッコいいですけど、実際には面倒なことだらけだし、毎日が課題の連続だし、どちらかというと不安と恐怖の方が勝る世界。ちっともカッコいいものじゃないわけです。べつに会社員でいたっていいわけですよ。それが悪いわけでも何でもない。

 

にもかかわらず、なんで独立を選ぶべきなのか? ってことに関して、昨日私が辻本先生に好き勝手にしゃべっていたのが、以下のような話。

 

日本という超安全で、あまりにも便利すぎる夢の国のようなところに住んでいると、もはや生きる・死ぬというリスクはほとんどない。特別なことしなくても、普通にやっていれば、普通に生きていける。

 

でも、昔の日本人はきっと違ったよね。想像だけど、生きるために毎日必死で、今日をどうやって生き延びるか? それしか考えられなかったんじゃないか。それこそ、マンモスと格闘していた古代人から始まり、戦争に負けて食べるものにも日々困るような戦後の日本人ぐらいまでは、きっと危険なことの連続で、その結果、逆に生命力は強くなっていたんじゃないかな。

 

今は当たり前になっている、ニートとか引きこもりとかも、昔はきっとほとんど存在しなかったのでは?

 

でも、今の日本では豊か過ぎて、「食っていくのに必死」というような、自然と生命力が燃焼するような場面がない。安全・安心でいい分、相変わらず「危険を察知して避ける」という、マンモスと格闘していた祖先(←しつこい?)から脈々と受け継がれているDNAだけは、しっかり残っちゃってるわけ。

 

そうすると、もはや今の日本にリスクなんてないのに「リスクを避けよう」という考えだけは働いてしまうので、結果的に「何もしない」という方向を選択する人生になっていく。

 

そうなると、頭も体も使わないから、どんどん劣化していくだけ。何もしないから負けることもないけど、その代わり、人生に何も起きない。

 

だから、「独立」「起業」ぐらいのリスクをわざわざ背負って、自分を多少追い込むぐらいでちょうどいいんだよ、今の日本では。それぐらいやって、ようやく生命力が燃焼するんじゃない? 昔の人たちみたいに。

 

 

・・・とまあ、アルコールが入っていないのに酔っぱらいの戯言みたいになってました(笑)。

 

 

 

 

先日のブログにも書きましたけど、面倒くさいことやプレッシャーがかかること、ある程度のリスクがあることを選択していくことで、自分が鍛えられ、メンタルも強くなり、生きる力も上がっていきます。辻本先生も、まさにその状態に入っている真っ最中なのではないかと思います。

 

 

 

じゃあ、子どもたちの生きる力を上げていくために、塾で何が出来るのか? 今でも模索中であり、もしかしたら永遠に答えが出ないテーマなのかもしれません。

 

ただ、平和で安全に楽しく暮らしている子どもたちを見ていると

 

「もっと自分の頭で考えさせること」

「リスクやプレッシャーを跳ね返せるメンタルを鍛えること」

 

が必要であり、塾がそういったことの一部でも提供できる場でありたいと思います。

 

 

 

 

そんなこと書きながら、妻が用意してくれたクリスマスプレゼントを今日から子どもたちに配ってます。「リスク」も「メンタルを鍛える」も何もあったもんじゃないですが(笑)。

 

いいんです、これはこれで! ホッと一息ついてくれれば。